No.7
紙芝居「一杯の粥」[湊宮の繁栄と地域の人々の暮らしと命を守ったお話]


<ここが自慢>
隆盛を極めた五軒家
かつて湊宮(みなとみや)には「五軒家」といわれる廻船業・両替商・酒造業を営んでいた豪商がありました。五軒家のもとに子方があり、すべて五軒家のお陰で湊宮の村民の生活は成り立っていました。
江戸時代の3大飢饉の一つと言われる天明の飢饉の際、惨状を不憫に思った湊宮の五軒の大廻船業者(五軒家)は、倉から米を出して粥を振る舞い、多くの人々を救った。
その後、亡くなった人々を供養する群霊曝骨墓(ぐんれいばくこつぼ)、大石塔(おおぜきとう)が建てられ、以来今日まで供養されています。


湊宮の五軒家は、金融業、両替商、晩年には酒屋・酒造家でした。小西家が一番古く、小西家は本座屋(ほんざや)、分家に新シ家(あたらしや)、下屋(しもや)とあり、ほかに木下(きした)家、五宝(ごぼう)家がありました。
−写真は小西伯熙−

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 作者
 作:こうちゃん えみちゃん ようちゃん