久美浜百珍 久美浜百珍運動とは… 久美浜にある「現在」「これから創り上げる」良いものすべてを、自慢にしていき、これらの種の活用、新しい自慢の種づくり活動を進め、皆が元気になっていきたいと頑張っています。
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風土と歴史にふれる旅
「菖蒲田植」久美浜町市野々(豊作とともに子供の健やかな成長を祈る京都府無形文化財の祭)
天満神社本殿
祭りの前に祈願する子供たち
しょんぼり、しょんぼり、たぁうえ!
唄を歌う青年たち
屈託のない男の子

【久美浜町市野々へは】
丹波から丹後の久美浜へは、県境を越えたルートである国道426号の登尾トンネルと国道482号のたんたんトンネルの開通でずいぶん便利になりました。

【毎年5月5日 こどもの日 に催し】
端午の節句には各地でさまざまな祭が催されますが、丹後の久美浜町の市野々の集落には400年前から続く「菖蒲田植」祭があります。

【天満神社(菅原道真を祀る】)
市野々の集落は、川上谷川を遡った源流に近い50戸余りの田園地域です。

川上谷川は、このあたりでは、清流のせせらぎに近い谷川の様相を呈してて、この谷川に沿って人家が集まっています。その中心が天満神社であり、自然崇拝の神から菅原道真を祀る神社となり天明8年(1788年)に建立され現在に至っています。


【祭りの始まり、はじまり】
5月5日午後になると、「菖蒲田植」が始まります。神社の境内に四間四方角に区切った場の四つの角に青竹を立て、注連縄で囲み、そのエリアに30センチ程度に切りそろえた菖蒲を敷き詰めて準備完了です。

菖蒲は、谷川の上流から刈り取ってきて一抱え程度の束にして縛り、青竹を天秤棒にして神社まで子供が運んでくる。最近は随分菖蒲の数も減ってきたそうです。


午後1時半になると籠堂に青壮年の男たちが入り、太鼓の音にあわせて、子供たちが運んできた青竹の竿を使って籠堂の床を叩いて「苗とり」と「植え付け」の唄をお神酒でほろ酔い気味に歌う。

一方白い手ぬぐいをかぶった男の子供たちは四角の区域に敷き詰めた菖蒲を「しょんぼり、しょんぼり、たぁうえ」の掛け声で天高く放り上げる。唄の続く間は、この動作を繰り返して行います。

女の子供たちは、竹箒を持って散らばった菖蒲をもとの場所に掃いて戻す作業に従事します。


戦後までは、女の子の参加が認められていませんでしたが、これは端午の節句という日の行事の名残であったと思われます。なお、昔からの形式は踏襲されているものと、時代に合わせて簡略化されているところがあるということです。

この菖蒲田植祭は昭和58年、京都府無形文化財に登録されています。

【熱意で継承、装束にこだわらないのが永続の秘訣】
戦争中などは、祭りの取りやめも検討された事もあったそうですが、区民の皆さんの熱意で継続され、現在に至っています。装束などにこだわらない素朴さが、永く続いてきたものだともいえます。

端午の節句は、菖蒲の節句とも言われ、端午の節句と菖蒲は切っても切り離せない関係にあります。菖蒲を稲の穂に見立てて「しょんぼり」という掛け声に雨乞いの意味もあるといいます。

この唄にも田園地域の生活ぶりや、豊作を祈るとともに子供の成長を願う村人の気持ちが現れています。

屈託のない笑顔で菖蒲をひたむきに黙々と箒で掃いていた女の子たち。そんなタイムスリップを感じる祭りです。





女の子たちは箒で菖蒲を掃きます 境内の大木


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「菖蒲田植」スライド

「菖蒲田植」のスライドショーが見られます。

【2004.5.5撮影】


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